はじめに
預貯金の相続であれば、「どこの銀行にいくらあるのか」「手続きをして払い戻す」というイメージを持ちやすいかもしれません。
しかし、相続財産の中に株式や投資信託、債券などの有価証券が含まれていると、途端に戸惑う方は少なくありません。
特に、これまで証券投資にあまりなじみのなかった相続人の方にとっては、
「これはそもそも何なのか」
「どうやって相続手続をするのか」
「換金できるのか」
「相続人同士でどう分けるのか」
「売ってよいものなのか、残した方がよいものなのか」
「どうやって売るのか」
「税金はどうなるのか」
と、疑問が一気に押し寄せてくることもあると思います。
預金のように金額だけ見ればよいわけではなく、商品ごとに性質が異なり、手続きや税務の知識も必要となります。有価証券の相続は「何から考えればよいのか分からない」という状態になりやすいのが実際のところです。
もっとも、株式や投資信託などの有価証券は、不動産と比べれば比較的分けやすい面もあります。株式は株数単位、投資信託は口数ベースで整理しやすく、遺産分割の場面でも、現物分割・代償分割・換価分割といった方法を検討しやすいからです。
ただし、それはあくまで「考え方として整理しやすい面がある」ということであって、実際の相続が簡単という意味ではありません。誰がどの口座で受け取るのか、納税資金をどう確保するのか、売却時の税金はどうなるのかまで考え始めると、論点は意外と多くあります。
このコラムでは、株や投資信託を相続したときに何が問題になりやすいのか、どのように分けるのか、売却や税金をどう考えるのか、さらに相続に向けて今からどのような準備をしておくとよいのかを、順を追って整理していきます。
「何が分からないのかも分からない」という状態の方にも、全体像がつかめるようにお伝えできればと思います。
証券口座はそのまま自由に使えるわけではない
相続が発生すると、亡くなった方の証券口座を家族がそのまま自由に使い続けられるわけではありません。相続の連絡が入ると、口座の閲覧や取引が制限されることがあり、商品によっては積立の停止や契約終了などの対応が必要になることもあります。そのため、まずは「どこにどのような資産があるのか」を把握し、手続きの見通しを立てることが大切です。こうした相続手続きでは、戸籍関係書類、遺産分割協議書、印鑑登録証明書などの準備が必要になることが一般的です。
また、相続税の申告と納付には期限があります。相続税は、原則として被相続人が死亡したことを知った日(通常は死亡日)の翌日から10か月以内に申告・納付を行う必要があります。遺産分割がその時点で終わっていなくても、期限自体が自動的に延びるわけではありません。まず資産状況を確認し、必要であれば納税資金の準備も並行して進める必要があります。
誰がどの口座で受け取るのか
有価証券は、「誰が相続するか」が決まれば終わりではありません。実務上は、受け取り先となる証券口座が必要になることが多く、証券会社ごとに相続手続きを進める必要があります。被相続人が複数の金融機関や証券会社に口座を持っていた場合、その数だけ確認や書類準備の負担が増えます。ご本人としては整理しているつもりでも、相続人から見ると「どこに何があるのか」が見えにくいケースは少なくありません。
現物分割・代償分割・換価分割
有価証券の分け方としては、主に現物分割・代償分割・換価分割が考えられます。
現物分割は、株式や投資信託そのものを相続人ごとに分ける方法です。
代償分割は、一人または数人が財産を取得し、他の相続人に金銭で調整する方法です。
換価分割は、財産を売却して現金化し、その代金を分ける方法です。家庭裁判所の案内でも、これらは遺産分割の代表的な方法として示されています。
株式や投資信託は数量ベースで整理しやすいため、不動産と比べると現物分割を検討しやすい場面があります。一方で、外貨建債券のように銘柄によって最低売買単位が大きい場合もある商品や、商品性の都合で複数相続人への振り分けがしづらいものもあります。また、法律上は換価分割という考え方があっても、実際の金融機関の事務手続では、まず相続手続を進め、その後に相続人側で売却する流れになることもあります。「証券だから簡単に均等に分けられる」とは限らない点には注意が必要です。
まず税金面で考える
相続財産の中に株や投資信託が多い場合、納税資金を確保するために、どの銘柄を売却するかを考える必要があります。
このとき、「今後値上がりしそうか」「配当が高いか」「優待があるか」といった観点が気になる方も多いと思います。
しかし、こうした局面では、投資としての好みや期待値よりも、税務上どう整理するのが有利かを優先して考える方が実務的です。
特に重要なのは、その資産が含み益か含み損かという点です。
含み益のある銘柄は、取得費加算の特例を使える可能性があり、相続税に加えて譲渡益課税が生じる場面で、税負担を抑えられる余地があります。
一方、含み損のある上場株式等は、譲渡益や配当等との損益通算、さらに一定の場合には損失の繰越控除につながることがあります。
株や投資信託は、もちろん同等の条件で買い戻せるとは限りませんが、一般的には再調達しやすい資産です。
そのため、「持ち続けたい銘柄かどうか」を先に考えるより、特例や損益通算を踏まえて、どちらを先に整理するのが税務上合理的かを見る方が有効な場合があります。
もちろん、売買の際に手数料がかかる場合もありますし、流動性の観点での売買のしやすさも無視はできません。特に、取引量が少ない銘柄などは工夫が必要な場合もあります。
ただ、売却の優先順位を考える際には、将来の値上がり期待よりも、税務上の有利不利を先に確認するという視点を持っておくと、判断がぶれにくくなります。
取得費は原則として被相続人から引き継ぐ
相続した株式等を将来売却するときに、よく誤解されやすいのが取得費です。相続した株式等の取得費は、原則として被相続人の取得費を引き継ぎます。相続した時点の時価がそのまま取得費になるわけではありません。
ただし、NISA口座で保有していた上場株式等が相続により払い出された場合には例外があり、原則として相続開始日の終値に相当する金額で相続人が取得したものとみなされます。また、NISAで保有していた資産をそのまま相続人のNISA口座へ移せるわけではなく、相続時には課税口座での取扱いとなります。通常の課税口座とは扱いが異なるため、この点は押さえておきたいところです。
また、相続税の計算で使う評価額と、将来売却するときの取得費は別の話です。相続税評価のための価額と、譲渡所得の計算上の取得費を混同すると誤解につながりやすいため、ここは切り分けて考える必要があります。
取得費加算の特例は、相続した株の売却で重要な論点
相続した株式の売却を考えるうえで、特に重要なのが取得費加算の特例です。これは、相続や遺贈で取得した土地、建物、株式などの財産について相続税が課税され、その財産を相続開始日の翌日から相続税申告期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡した場合、相続税額のうち一定額をその譲渡資産の取得費に加算できる制度です。株式も対象です。
この特例が重要なのは、相続した株に含み益がある場合です。単に「まだ上がるかもしれないから持っておこう」と考えるのではなく、いま売却して特例を活用した方が全体の税負担が軽くなるのではないかという視点を持つ余地があります。今回の記事では計算式の詳細までは扱いませんが、相続した株の売却判断を考えるうえで、かなり重要な論点です。
含み損銘柄にも税務上の意味がある
一方、含み損のある上場株式等については、譲渡益との損益通算や、一定要件のもとでの損失の繰越控除という考え方があります。国税庁は、上場株式等の譲渡損失について、一定要件のもとで譲渡益や申告分離課税を選択した配当等と損益通算でき、なお控除しきれない分は翌年以後3年間繰り越せると案内しています。
そのため、相続した証券の見直しでは、含み損のある銘柄を単純に「不要」と決めつけるのではなく、税務上どう整理すると全体として合理的かを見ることが大切です。含み益銘柄には取得費加算の特例、含み損銘柄には損益通算や繰越控除というように、銘柄ごとに検討すべきポイントは変わってきます。
ファンドラップなど契約形態が特殊な商品は特に注意
ファンドラップや一任運用契約については、通常の株式や投資信託とは異なり、相続発生時に契約終了や解約・現金化が前提となる場合があります。証券口座に入っている資産であっても、すべてが同じように引き継がれるわけではないという点は知っておきたいところです。
証券口座を増やしすぎない
相続実務の観点から見ると、証券口座の数は多すぎない方が分かりやすいことが多いです。すべてを一つにまとめる必要まではありませんが、何となく増えていった口座が複数ある状態だと、相続人は全体像を把握しにくくなります。相続税の申告準備でも、まずは遺言書の有無、相続人の確認、財産の把握、分割協議の整理などが必要になりますから、資産の置き場所が整理されていることには大きな意味があります。
銘柄数を増やしすぎない
銘柄数が多いほど、相続人にとっては「何のために持っていたのか」「残すべきか売るべきか」が分かりにくくなります。特に、国内株、投資信託、外貨建資産、NISA口座、課税口座などが混在していると、整理はより難しくなります。
保有意図をメモで残しておく
「納税資金候補」「長期保有前提」「売却してもよい候補」「安定資産として保有」など、保有意図を簡単にメモで残しておくだけでも、相続人に保有意図が伝わるので参考になります。
口座一覧を作っておく
どこの金融機関にどのような資産があるのか、NISAか課税口座か、外貨建資産があるのか、配当や利金の受取先はどうなっているのか。こうした情報を一覧にしておくだけでも、相続時の負担は大きく変わります。ログイン情報をそのまま共有する話ではなく、まずは「どこに何があるかが分かる状態」を作ることが大切です。
認知症対策として、任意後見や家族信託を検討する余地もある
相続に向けた準備というと、亡くなった後のことだけを考えがちですが、実際には認知症などで判断能力が低下した後の資産管理も大きな論点です。法務省HPによると、任意後見制度は、本人が十分な判断能力を有するうちに、将来判断能力が不十分になった場合に備えて、あらかじめ自ら選んだ代理人に支援内容を定めておく制度です。効力は、本人の判断能力が低下した後、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時から生じます。
また、家族信託についても、自分の財産を信頼できる家族等に託し、あらかじめ定めた信託目的に従って管理・処分・承継する仕組みとして紹介しています。有価証券も対象になり得ます。すべての方に必要な制度ではありませんが、「将来、本人が判断できなくなったときに資産が動かせなくなることを避けたい」場合には、検討対象になり得るでしょう。
遺言と遺言執行者の指定も重要
有価証券を誰にどのように引き継がせたいかがある程度決まっている場合は、遺言も重要な準備の一つです。法務省の案内でも、遺言書があればそれに沿って相続手続きが進む場面があることが前提になっていますし、自筆証書遺言書保管制度も整備されています。
あわせて、遺言執行者を指定しておくことにも意味があります。遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有するとされています。証券口座や有価証券が複数に分かれている場合には、誰が実際に手続きを進めるのかが曖昧だと、相続人全員の調整負担が重くなりやすいため、あらかじめ遺言とセットで整理しておく意味は小さくありません。
「相続しやすいポートフォリオ」という視点を持つ
資産運用というと、「どう増やすか」に意識が向きがちです。しかし相続という視点では、分けやすいか、売りやすいか、家族が理解しやすいかも大切です。口座や銘柄が増えすぎると、遺された家族はかなり困ります。相続しやすい状態に整えておくことも、長い目で見れば重要な資産管理の一部だといえるでしょう。
株や投資信託などの有価証券を相続した場合は、遺産分割の方法、受取口座の準備、相続税の申告期限、売却時の税務、NISAやラップ契約の扱いなど、考えるべきことは多岐にわたります。なかでも、納税資金を作るためにどの銘柄を売るかを考える場面では、値上がり期待や好みよりも、まず税制上どうかを確認することが重要です。取得費加算の特例を使える含み益銘柄なのか、損益通算や繰越控除の余地がある含み損銘柄なのか。この視点が入るだけで、判断の質はかなり変わってきます。
また、相続の準備は、亡くなった後の分け方だけではありません。口座や銘柄を整理し、保有意図や資産一覧を残しておくこと、必要に応じて任意後見や家族信託を検討すること、遺言や遺言執行者の指定まで考えることも、広い意味では「相続しやすい資産管理」です。運用効率だけでなく、承継しやすさまで見据えて資産を整えておくこと。 それも、これからの資産管理では大切な視点ではないでしょうか。
本資料は一般的な情報提供を目的としており、特定の金融商品の勧誘、税務・法務の助言、個別の投資判断の提供を行うものではありません。また、本資料は信頼できると判断した情報源からの情報に基づいて作成したものですが、正確性、完全性を保証するものではありません。万一、本資料に基づいてお客様が損害を被ったとしても当社及び情報発信元は一切その責任を負うものではありません。税務の詳細については最寄りの税務署、あるいは税理士にご相談ください。

執筆者 山本 洋平
シグマ株式会社
ファイナンシャルプランナー
日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)
宅地建物取引士
大学卒業後、日興コーディアル証券(現SMBC日興証券)に入社。個人富裕層、法人顧客への資産運用設計コンサルタントに従事。より一層お客様目線のコンサルティングがしたいと考え、シグマ株式会社へ入社。
お客様の真の相談相手になりたいと考え、親身なコンサルティングを心がける。お客様の現状と将来目標をしっかりと分析し、目標を達成するためのプランを立案。金融商品も証券アナリストの目線から厳選。
【趣味】ワイン、ゴルフ、社交ダンス、YouTubeで猫とカワウソの動画を見ること
【講師実績】名古屋証券取引所IRエキスポ2019、資産運用基礎講座