「気づいたら資産が1億円を超えていた。」
長年積み立ててきた持ち株会の自社株が大きく成長した人。
米国株を信じて買い続けた結果、資産が大きく膨らんだ人。
最近では、こうした話もそれほど珍しくなくなりました。ただ、多くの人が見落としがちなことがあります。それは、「1億円を作る方法」と「1億円を守る方法」はまったく別物だということです。資産を増やす時期と、資産を管理する時期では、求められる考え方が変わります。
億り人が最初にぶつかる悩み
資産が大きくなった人ほど、こんな気持ちを抱えやすくなります。
「このままでいいのか・・・」
例えば自社株や米国株が大きく値上がりしたとします。そこで悩むのが、「売るべきか」「持ち続けるべきか」という問題です。
「売るのも怖い」
売った直後にさらに上昇したらどうでしょう。「やっぱり持っておけばよかった」と後悔するかもしれません。実際には利益を確定しているので損はしていません。しかし人間は、「得られたかもしれない利益」を失ったことも損失として感じる傾向があります。
「持ち続けるのも怖い」
一方で保有を続ければ、「ここから大きく下落したらどうしよう」という不安が生まれます。せっかく築いた資産を減らしたくない。これも自然な感情です。つまり、「売っても不安」「持っていても不安」という状態になります。
行動経済学が教える「判断を難しくする心理」
こうした葛藤の背景には、行動経済学で知られるさまざまな心理バイアスがあります。
確証バイアス
人は成功した方法を信じ続けたくなります。持ち株会で成功した人は「うちの会社は大丈夫」、米国株で成功した人は「米国株は結局上がる」と考えやすくなります。そして、その考えを支持する情報ばかり集め、反対の情報を無意識に軽視してしまいます。成功体験そのものは価値があります。しかし投資家として重要なのは、正しい未来を当てることではなく、想定が外れたときにも生き残れる状態を作っておくことです。
保有効果と現状維持バイアス
人は自分が持っているものを実際以上に高く評価する傾向があります。これを保有効果といいます。長年積み立ててきた自社株や、大きな利益をもたらしてくれた米国株には特別な愛着が生まれやすくなります。また、人は変化そのものを避けたいという現状維持バイアスも持っています。そのため、「今のままで問題ないかもしれない」と考え、ポートフォリオの見直しを先送りしがちです。しかし、何もしないこともまた一つの投資判断であることを忘れてはいけません。
損失回避性
人は利益を得る喜びよりも、損失を被る苦痛を強く感じます。そのため、利益が出ている株を売れず、「売った後にさらに上がったら嫌だ」と考える一方で、「持ち続けて下がるのも嫌だ」という葛藤を抱えます。資産が1億円になった人にとって、5,000万円減るダメージは決して小さくありません。だからこそ、どれだけ増えるかだけでなく、どこまで減る可能性があるのかという視点も重要になります。投資ではリターンだけでなく、リスクも含めて考えることが資産を守る第一歩です。
さらに悩ましい「税金」の問題
多くの億り人が売却をためらう理由があります。それは税金です。例えば大きな含み益がある株を売れば、利益に対して約20%の税金(譲渡益税)が発生します。すると、「税金を払うくらいなら持っておこう」と考えたくなります。しかしここで考えたいのは、税金を払いたくないことと投資判断は別問題ということです。税金を避けるために過度な集中投資を続けた結果、大きな下落に巻き込まれてしまえば本末転倒です。税金は利益が出た証拠でもあります。
解決策は「全部売る」でも「全部持つ」でもない
ここで重要なのは、白黒で考えないことです。
解決策① 一部売る
よくあるのが、「全部売るのは不安」「全部持ち続けるのも不安」というケースです。その場合は、一部だけ売却するという選択肢があります。例えば自社株比率が80%なら、80%→60%、60%→40%というように段階的に下げていく。これなら、上昇した場合の恩恵も残せるし、集中リスクも下げられます。
解決策② NISAやiDeCoを活用する
売却した資金をそのまま現金で置いておく必要はありません。NISAやiDeCoなどの税制優遇制度を活用しながら、投資信託などに投資することで幅広い資産クラスに少しずつ移していく方法もあります。ただし、NISAには年間投資枠があり、iDeCoにも掛金上限があります。そのため一度に移し替えることはできません。だからこそ、数年単位で計画的に資産を分散していく発想が重要になります。
解決策③ 相関係数の低い資産を組み合わせる
資産運用において重要なことの一つが、「何を買うか」よりも「どう組み合わせるか」です。その際に参考になるのが相関係数です。
相関係数とは、資産どうしの値動きの関係性を表す指標です。相関係数は-1から+1の範囲で表され、+1に近いほど同じ方向に動きやすく、-1に近いほど反対方向に動きやすくなります。つまり、相関係数が低い資産どうしを組み合わせることで、一方が下落した際にもう一方が値動きを補い、ポートフォリオ全体の安定につながる可能性があります。

出典:GPIF HP https://www.gpif.go.jp/gpif/diversification3.html
※算出対象期間 1994 年4月~2024年3月
例えば、日本株、米国株は市場環境や景気の影響を受けるため、同じタイミングで上昇したり下落したりすることがあります。つまり相関係数が比較的高い資産です。
一方で、債券や現金、金(ゴールド)などは株式と異なる値動きをすることがあります。株式市場が下落しているときでも、債券や金が値下がりを抑えたり、逆に上昇したりするケースもあります。
重要なのは、個別に優れた資産を集めることではなく、異なる値動きをする資産を組み合わせることです。例えば、株式だけで構成された1億円の資産と、株式・債券・現金・金を組み合わせた1億円の資産では、期待リターンが大きく変わらなくても値動きの安定性が変わることがあります。
相関係数の低い資産を組み合わせることで、一つの資産が下落しても他の資産が補いやすくなり、ポートフォリオ全体の値動きを安定させる効果が期待できます。資産形成期は「どれだけ増えるか」が重要でしたが、資産管理期は「どれだけ大きな下落を避けられるか」も同じくらい重要になるのです。
そもそも何のために運用しているのか
資産形成期は、「まず1,000万円」「まず5,000万円」「まず1億円」という目標を置きやすいものです。しかし達成すると、2億円、3億円が見えてきます。数字だけを追い始めると終わりがありません。そこで改めて考えたいのが、自分は何のために資産を持つのかという問いです。例えば、早期リタイアしたい、老後の不安をなくしたい、子どもや孫に資産を残したい、好きな仕事を続ける自由が欲しい、趣味や旅行を楽しみたい。目的によって適した運用は変わります。2億円を目指すべき人もいれば、1億円を守るべき人もいます。
億り人になった後、本当に考えるべきこと
運用のゴールは、お金を最大化することではありません。自分が望む人生を実現することです。1億円を超えたとき、本当に考えるべきなのは株価ではなく、そのお金で何を実現したいのかという問いなのかもしれません。
その問いに正解はありません。ただ、自分一人で考えるよりも、第三者の視点を交えながら整理することで見えてくるものもあります。資産を増やす時代から、資産と人生のバランスを考える時代へ。そんな転換点に立ったときこそ、専門家との対話が役立つ場面もあるのではないでしょうか。

シグマ株式会社 執行役員
ファイナンシャルプランナー(CFP)
日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)
九州大学卒業後、日興コーディアル証券(現SMBC日興証券)に入社。個人富裕層、法人顧客への資産運用設計コンサルタントに従事し、営業表彰などを受賞。今まで以上にお客様視点で物事を考え、一人でも多くのお客様の役に立ちたいとの考えからシグマ株式会社に入社。丁寧なヒアリングとライフプランからお客様毎の課題を明確にし、最適な資産運用提案を心がける。
【趣味】自己啓発、四季報の読破、お酒、トレーニング・ジョギング
【座右の銘】継続は力なり
【講師実績】 名古屋証券取引所IRエキスポ2017、2018